◇外国人ゲストによる講演会(令和6年12月8日(日)13:30-15:00)
府中町国際交流協会は、12月8日、本年度第二回目となる「外国人ゲストによる講演会」をくすのきプラザに於いて実施しました。今回は、広島市在住のイタリア人ウンベルト・カイアーファ氏をゲストにお迎えし、ご出身地ナポリの歴史や文化についてお話し頂きました。カイアーファ氏は故郷のナポリで早くから美術の才能を発揮され、12歳の頃には既に創作活動を開始、長じてナポリ出身の著名な美術家の名を冠したフィリッポ・ピアッツィ美術学院で正式に「絵画装飾」を専攻。卒業後渡米し、ロスアンジェルスに移り、著名な壁画家ウィリー・ヘロン三世とともに多くの壁画共同制作に従事されたそうです。広島では地元デザイン・建築会社とのコラボレーションも含め様々な創作活動に携わっておられます。また、日伊協会広島支部でイタリア語講師も務めておられます。講演に於いてカイアーファ氏は先ず、紀元前8世紀にギリシャ人によって興され、ギリシャ哲学、芸術、建築等が盛んであったナポリの起源や歴史について説明し、同氏自身のDNAにもかなりギリシャ性が色濃く残っている筈だと話されました。続いて、講演タイトル「ナポリを見て生きろ」について興味深い説明がありました。ナポリと言えば、「ナポリを見て死ね」または「ナポリを見ずして死ぬことなかれ」というドイツの詩人ゲーテが『イタリア紀行』の中に遺した言葉を思い起こす方もおられるかもしれませんが、カイアーファ氏はこれの逆を行きます。17、18世紀の英国貴族の子弟は21歳になると文化先進国のフランスやイタリアに卒業研修旅行に出かける慣習がありました。旅行の最後に風光明媚なナポリを楽しんだ後は、学生生活も終わり、英国に戻り実社会の一員としての生活が始まるため、この青春卒業旅行の最終地ナポリでの若者たちの心情を表す “Napolitude(ナポリ憂鬱病)”という言葉も生まれたそうです。然し、カイアーファ氏は、ナポリは終点ではない、ナポリを訪れ人生を楽しんで欲しいとの思いを込めて講演タイトルをつけたそうです。19世紀にイタリアが統一されるまでは小さな王国であったナポリでは独特の言語・文学、人々の気質、食文化等が形成されましたが、特にナポリ語で最初に書かれた本「五日物語 (Il Pentamerone)」という民話集にはラプンツェル、シンデレラ、長靴をはいた猫等々現在私たちが親しんでいる童話の原型となる話が含まれていたといった興味深い話についても紹介がありました。私たちが目にするナポリの写真には有名なベスビオ火山が写っていることが多いですが、よく知られたベスビオ火山の噴火(紀元79年)、その被害、更に火山灰に埋もれていたため保存状態が良好であったポンペイの当時の住居や人々の暮らしについても紹介がありました。興味の尽きないナポリとその周辺紹介の最後は食文化について。地中海風食習慣は、何と言ってもオリーブオイル中心でバターは殆ど使用しない、また日々の食卓に載るのはパスタよりは豆類、米、野菜が中心とのご説明がありました。更にナポリの伝統的家庭、火山噴火時のポンペイの食卓、マルゲリータピッツァの名前の由来、第二次世界大戦後の食糧難時に考案され、今では日本のコンビニでも買えるという「揚げピッツァ」等々ナポリに因むいろいろな食べ物やエピソードが紹介されました。講演後の質疑応答では、満席となった会場から日本の印象、ポンペイ出土の美術、イタリアの治安等々いろいろな質問が出されました。来場者の中にはイタリアに旅行された方も多く、その中でも特にナポリに旅行された方々からナポリ滞在の印象が語られる等大変和やかな雰囲気の中で講師との対話が行われました。最後に、来場者全員がイタリア語で ”ブラヴィッシモ、ウンベルト!”(”Bravissimo, Umberto!”(ウンベルト、最高!))と唱和して講演会を終了しました。楽しく示唆に富む講演をして下さったカイアーファ氏、また積極的に質問やコメントを下さった来場者の皆様に御礼申し上げます。当国際交流協会では、長年にわたり「外国人ゲストによる講演会」を実施してきましたが、使用言語が英語ということもあり、これまでは英語圏出身のゲスト(英語が母国語)のみをお招きしてきました。今回初めてイタリア人をゲストにお招きしましたが、来場者からは概ね好評を頂いたため、今後非英語圏出身のゲストの数を増やしていくことを検討したいと考えています。